おはようございます。
今医療業界からの悲痛の声が上がっています。医師の過労死は、今に始まった事ではありませんが、何度も同じ事が繰り返される事に、私は違和感しかありません。
多くの医療関係者は、体制、制度にばかり問題視しておりますが、それら全て私から言わせると的外れなんです。
体制や制度が悪いことより、根底に潜む闇を洗いざらい浮き彫りにすることのほうが重要です。
今回の記事では、まず、環境と人にポイントを絞って書いていきたいと思います。
環境について
まず、医師の過労死が問題になる環境は、どういう環境か考えられていますか?
今までの医師の過労死が問題視されている医療機関は、公立病院または民間病院で起こっています。
ただ、よく問題視されるのは、民間病院の方かと他の事件をみても感じます。
もちろん、公立病院でも過労死の事件がありますが、民間病院ほど悪質な部分は少ないか?と感じています。
なぜ、民間病院の過労死がよく取り上げられているのか?
これには、二つポイントがあります。
そもそもですが、民間病院は、公立病院とは違い、経営が悪化が即ち収益に直結します。
公立病院みたいに、経営が赤字になろうと、補助金というなの税金により補填されるため、痛くも痒くもないのが現実です。
しかしながら、民間病院は経営が悪化すれば、収益に直結するため、自身の内部保留から、身銭を切る形で補填するしかありません。
この内部保留が、潤沢にある医療法人グループなら最悪、一時的な収益の悪化があったとしても、問題なく人件費などにお金を割く事ができます。
しかしながら、私の病院をはじめ弱小の医療法人関連の民間病院では、収益が悪化すると、その補填も、人件費もとなり、様々なかさみが出てきます。そのため、人件費をギリギリで出しているところがほとんどなんです。
民間病院は、経営が黒字でなければ、収益の悪化が目の前にぶら下がってくるため、かなりのリスクがあります。だからこそ、経営の黒字化している民間病院は、多大な犠牲の上に、成り立っていると考えることができます。
もちろんだからと言って、過労死を仕方ない、できたらしなくて済むならしないためにどうすべきかは考えなければならないです。
ただ、民間病院の過労死がどういう背景の上で起こっているかをしらずに、民間病院を攻めるのはお門違いだと私は思います。
人について
今回亡くなってしまった医師の方もそうですが、真面目で優秀な方ほど、心を病むことが多いのではないか?と感じます。
なぜ、そう思うのか?
それは、優秀な人は、周りから頼られる事はたくさんあっても、人に頼ることはありません。
優秀であるからこそ、自分で完結してしまう人が多い印象です。
それに、優秀な人ほど、人に頼れない人が多く、だからこそ心を休めることができないのだと思います。
真面目である必要、優秀である必要は確かにあると思います。しかし、それを行き過ぎるのは、決してしてはいけない。
周りも、優秀だからと放任せず、メンタル管理などをしっかりやる。それをした上で、人に頼ってもいいという認識を形成させる必要があると考えます。
自己研鑽は、医師だけの問題ではない。
まず、この自己研鑽は、医師だけの問題ではありません。医師だけにフォーカスしているのを見ると、医師しか自己研鑽していないように見えますが、違うんです。
まず、薬剤師であれば、学会のガイドラインの購読はもちろんのこと、癌治療であれば、その勉強などたくさんする事があります。
看護師、理学療法士、作業療法士、歯科医師など多くの医療関係者が自己研鑽を積んでいるんですね。
なので、過労死を医師だけの問題だとしている以上は、問題解決には至らないし、繰り返していくだけです。
医療関係者全体の問題として、向き合ってはじめて、問題解決への第一歩になると考えます。
これにて、終わります。